こまり子は机に向かい、ノートを見つめたまま鉛筆の動きを完全に止めていた。

白紙のノートには「昨日、友達と公園でサッカーをした」という課題の日本語だけがぽつんと書かれている。

「……ううー、全然わかんない」

こまり子は机の上に突っ伏して、長いため息をついた。両手で頭を抱えながら、うめき声を漏らす。

「単語はわかるのよ。昨日だからyesterdayでしょ、友達はfriend、公園はpark、サッカーをしたからplayed soccer。それは分かるの。英語のテストだって、単語の穴埋めとか長文を読むのはそこまで苦手じゃないし、むしろ平均点よりは取れてるのに……」

ガバッと顔を上げ、こまり子は恨めしそうにノートを睨みつけた。

「なんで『ゼロから英語で文を作りなさい』って言われた途端、一つも書けなくなるの!? yesterdayを最初に書くの? それともI? 『友達と』ってどこに挟めばいいのよ……ああもう、順番が全然わかんない!」

とりあえず「Yesterday I」と書いてみるものの、なんだか違う気がして消しゴムでゴシゴシと力任せに消す。黒く汚れた消しカスだけが虚しく机の上に散らばっていき、こまり子は完全に途方に暮れて鉛筆を机に放り出した。

「もうダメ。一生かかっても書ける気がしない……」

バンッ!

突然、部屋のドアが勢いよく蹴り開けられた。

“Hey! What are you doing!? Write the subject first!!”

怒鳴りつけるような流暢な英語と共に現れた見知らぬ大男は、鋭い眼光でこまり子を睨みつけた。しかし、勢いよく踏み込んだ瞬間にドアノブにコートの裾を引っ掛け、ガタンッと派手につまずいて前のめりになった。

「だ、誰。なんで私語厳禁の自習室に……ってか今の英語!?」

「……ふん。床の滑り具合を確かめただけだ」男は無理やり咳払いをして立ち直ると、腕を組み、こまり子を見下ろした。

「俺は完璧のぺき流だ。いいから黙って俺の言う通りに手を動かせ。お前みたいに、日本語をそのまま英語に直そうとするやつは一生英語が書けないぞ。ほら、シャーペンを持て」

圧倒的な早口と威圧感に押され、こまり子はビクッと肩を揺らした。言われるがまま、慌てて机の上のシャープペンシルを握りしめる。

英作文は、主語と動詞から作る

「ノートの最初の行を見ろ。『昨日、友達と公園でサッカーをした。』だ。日本語の文には主語が書かれていない。すぐに鉛筆で、文の先頭に『私』と書き込め」

こまり子は恐る恐る芯を出し、急かされるように文の頭に小さく「私」と書き足した。ぺき流はそんなこまり子の顔をスッと覗き込んだ。

「なぜ『私』を書き込むか、理解したか。英語の文は主語から始まるが、日本語はよく主語を省くからだ。分かったなら頷け」

こまり子は瞬きをして、手元のノートと大男の顔を交互に見た。理由を説明されてすとんと腑に落ちたのか、今度はしっかりと首を縦に振る。

「よし。次だ。ノートの一番左に I と書け」

迷いが消えたこまり子は、スラスラと I と書いた。

「動作の単語を探して丸で囲むんだ。『した』の部分だな。サッカーをしたのだから、played だ。I のすぐ右隣に played と書け」

ノートに I played. という骨組みができる。

「その右に何をしたのかを書き足す。soccer だ」

「さらに右に、だれとしたのかを書き足す。with my friend だ」

「最後だ。場所と時の単語を書き足す。in the park、そして yesterday だ」

こまり子の手は止まらなかった。言われた順番に単語を置いていくだけで、ノートにはスッと一文ができあがった。

I played soccer with my friend in the park yesterday.

「いいか。主語、動詞の順で単語を左から右へ並べる。これが絶対のルールだ。難しいことは何もないはずだ。ここまでで分からないところはあるか」

こまり子が「ないです」というように首を横に振ると、ぺき流は短く「次に行くぞ」と告げた。

Be動詞と一般動詞の形を分ける

「次の課題の文だ。『私は学生です。』と『私は英語を勉強します。』だな。文の終わりの単語に直線を引け。『です』と『勉強します』だ」

こまり子は定規を取り出す暇もなく、フリーハンドでスッと線を引いた。

「『です』は状態だ。be動詞だ。ノートに I am a student. と書け」

「『勉強します』は動作だ。一般動詞だ。ノートに I study English. と書け」

こまり子が二つの文を書き終えると、ぺき流は机に両手をつき、顔を近づけて凄んだ。

「顔に迷いが出ているな。なぜ分けるのか疑問に思っている顔だ。いいか、絶対に I am study English. とは書くなよ。be動詞と一般動詞を同じ文に並べると完全にバツになる。絶対にやるな!」

怒鳴り声に近い忠告に、こまり子はギュッと身が縮こまり、ペンを握る手には力が入った。

SVCもSVOも、主語と動詞から並べる

「『彼は忙しいです』と『彼は英語を勉強します』の文を作る。ノートの左端に主語の He を書け」

「動詞を書くぞ。『忙しいです』は状態だから isHe の右に置け。He is busy. となる」

「『勉強します』は動作だから studiesHe の右に置け。He studies English. となる」

ぺき流はこまり子の目を真っ直ぐに見た。

「文の形がSVCだろうがSVOだろうが、そんな名前はどうでもいい。常に『主語を書く、次に動詞を書く』。これだけは必ず守るんだ。理解できているか」

こまり子は手元の二つの文を見比べた。どちらも「誰が」「どうする(どんなだ)」の順番に並んでいる。

「はい、分かります」

はっきりと答えると、ぺき流は満足そうに小さく鼻を鳴らした。

時制の単語に印をつける

「次だ。赤ペンを持て。日本語の文の中にある『毎日』『昨日』『今』『明日』を赤ペンでぐるぐると丸く囲め」

こまり子はペンケースから赤ペンを引き抜き、指定された単語を次々と囲んでいく。

「丸で囲んだ単語に合わせて、動詞の形を書き換えるんだ。いいか、手を動かすぞ。まず『毎日』だ。書け」

こまり子は every day の赤い丸を確認し、ノートに I study English every day. と書き込んだ。

「よし。次は『昨日』だ」

「昨日だから……」こまり子は yesterday の丸を指で押さえ、少し考えてから I studied English yesterday. と書く。

ぺき流はこまり子の手元をじっと見下ろしている。

「『今』ならどうなる」

「今していることだから……」こまり子は now を確認し、I am studying English now. と書き足す。

「最後に『明日』だ。未来の形にしろ。早く書け」

急かされながらも、こまり子は tomorrow に目をやり、I will study English tomorrow. と一気に書き上げた。

「動詞を書く前には、必ず赤ペンで丸をつけた単語を指の腹で強く押して確認しろ。目で見るだけじゃなく、指でしっかり確認しないとミスをするぞ。やってみろ」

こまり子はノートの yesterday の赤い丸の上に人差し指を押し当てた。「過去だから……」と小さく呟き、それから鉛筆で studied となぞる。それを見たぺき流は、小さく頷いた。

日本語にスラッシュを引き、簡単な文に分ける

「長い文が出た時のやり方だ。『私は健康を維持するために、毎朝運動することが大切だと思います。』この文の途中に鉛筆でスラッシュを引け。細切れにするんだ」

こまり子は「ために」と「運動することが」の後に、斜めの線を引いて文を三つに区切った。

「そのスラッシュに従って、ノートに短い日本語の文を3つ縦に並べて書くんだ。

  1. 運動は大切です。
  2. 私は毎朝走ります。
  3. それは健康によいです。

ぺき流はこまり子の戸惑うような表情を逃さず、言葉を足した。

「難しい日本語をそのまま英単語に置き換えようとするな。自分が知っている単語だけで書ける日本語に書き換えてから、英語にするんだ。理屈は分かるな」

「あ……なるほど」

こまり子の顔がパッと明るくなった。直訳しようとして詰まっていた頭のモヤが晴れたようだった。

「書き出したら、その右側にそれぞれの英文を並べるぞ。

  1. Exercise is important.
  2. I run every morning.
  3. It is good for my health.

一文を二文に分割する

「『私はサッカーが好きで、毎週日曜日に友達と公園で練習しています。』この文の『好きで』の直後に鉛筆で黒々とした句点を打て」

こまり子は鉛筆をグリグリと押し付け、文を真っ二つに割るような丸を打った。

「そして、二つの独立した文として英文を上下に並べて書け。

I like soccer.

I practice it with my friends in the park every Sunday.

長い文を一つ作ろうとするな。短い文を二つ並べる。それでちゃんと点は取れる」

知っている英語の形に置き換える

「『将来のために努力する』という日本語の文に、鉛筆で大きくバツ印を書け。そんな表現は捨てるんだ」

こまり子が思い切ってノートに大きな×を書くと、不思議と胸がスッとした。

「そして、知っている単語を並べた短い文を3つ縦に書け。

I study hard.

I want to be a teacher.

So I study English every day.

これですべて完成だ。言われた通りに手を動かせば英文は仕上がる」

鉛筆で指差して基本ミスを確認する

「英文を書き終えたら、鉛筆の先を使うんだ。ただ目で追うだけじゃダメだ。鉛筆の先を紙にちゃんと押し当てて確認しろ」

ぺき流はこまり子の手首を軽く掴み、ノートの文字へ鉛筆を誘導した。

「文の最初の文字を突け。大文字になっているか。I の文字を突け。大文字か。文の最後を突け。ピリオドが打ってあるか。動詞を突け。三単現の s や過去形のつづりを一文字ずつ突いて確認しろ。これらをすべて鉛筆で突いて点検するんだ。怠るなよ」

こまり子はペンの先でトントンと文字をつつきながら、最後まで一文字残らず確認を終えた。


威圧的な態度の裏にある、徹底したやり方と細やかな確認。

こまり子はぺき流の指示通りにひたすら手を動かし、印をつけ、単語を並べる作業を繰り返した。

どう書けばいいかという迷いはなくなり、教わった通りに文字を置いていくだけで、ノートには次々と正しい英文が完成していった。

英語のルールに沿って単語を並べる作業を繰り返すうちに、こまり子の口からも自然に短い英語の文が出るようになっていた。

それから数週間後のこと。

こまり子は近所のドラッグストアの通路にいた。ふと見ると、風邪薬のコーナーで外国人の観光客がパッケージを見比べて困った顔をしている。

こまり子は歩み寄り、声をかけた。

“Do you need help?”

観光客が症状を身振りで伝える。こまり子は頭の中で「主語を置く、次に動詞を置く」というルールを瞬時に思い出し、口に出した。

“This is for a cold.”

“Take two pills.”

短い文を二つ並べただけだが、意味は完璧に伝わった。観光客はパッと笑顔になり、“Thank you” とお礼を言ってレジへ向かった。

こまり子がほっと息をついたその時だった。

シャンプーの棚の影から、見覚えのある鋭い眼光がスッと現れた。

ぺき流だ。

彼は腕を組み、こまり子の顔をじっと見て、本当に教えが身についているかを確認するように目を細めた。そして、無言で右手の親指を立てた。

「グッジョブ。まあ、当然の結果だ。」

静かに言い捨ててターンを決め、風のように去っていこうとした瞬間――ぺき流の肩が特売品のトイレットペーパーの山に激突した。

グラッ、ドドドドドッ。

大量のトイレットペーパーが雪崩のように崩れ落ち、ぺき流の体を埋め尽くす。

「……計算通りの雪崩だ! 触るな!」

ペーパーの山から顔だけを出して鋭く叫ぶと、ぺき流は猛ダッシュで自動ドアの向こうへと逃げ去っていった。

「……」

こまり子は呆然と口を開けたまま、散乱したトイレットペーパーと自動ドアを交互に見つめて立ち尽くしていた。