完璧のぺき子ちゃん第4話・完結編
【3月上旬 受験当日 AM 8:45】試験会場の景色
県立高校の入試当日、トップ進学校の試験会場。
教室の中は、ピンと張り詰めた空気でいっぱいでした。
周りの受験生たちの机の上は、焦りの気持ちがそのまま形になったようになっていました。本屋さんで急いで買ったような『直前一問一答』や、塾でもらった「ここが出る!」というプリントの束を、震える指先で何度もめくっています。
でも、ぺき子ちゃんの机の上は、すっきりと片付いていました。
置いてあるのは、よく尖らせた鉛筆3本、よく消える消しゴム、受験票、そして表紙が半分破れかけた『新研究』が1冊だけ。
彼女は、周りの人のようにページをバタバタとめくったりはしません。『新研究』の一番最初の「目次ページ」だけを開いて、単元の名前を上から順番に目で追いかけていくだけです。
「植物の分類、イオン、2次関数のグラフ、関係代名詞……よし、全部の単元の『引き出しの場所』は頭の中にちゃんとある」
「教材をカバンにしまってください」とアナウンスが流れます。
ぺき子ちゃんはゆっくりと『新研究』をカバンにしまいました。緊張でドキドキすることもなく、心臓はいつも通りトントントンと静かに動いていました。
【AM 11:15】数学の試験中:見たことのない怪物問題
試験はどんどん進み、一番の難所である「数学」の時間になりました。
大問5を開いた瞬間、教室中の鉛筆の音がピタッと止まりました。みんなが「うわ、何これ……」とフリーズしたのが空気で分かりました。
大問5:【関数と立体の応用問題】
そこにあったのは、過去問のどこにも載っていないような、見たこともない複雑な形の立体が、関数のグラフの中にポツンと浮かんでいる超難問でした。受験生をパニックに陥れるための、テスト作成者の罠です。
11月までの、ただ丸暗記をしていた頃のぺき子ちゃんなら、この瞬間に頭が真っ白になって涙目になっていたでしょう。自分の頭のデータの中に「これと同じ図形」は載っていないからです。
でも、今のぺき子ちゃんの手は、自動的に動き始めました。
- 図を大きく描き直す:問題用紙の空いているスペースに、その立体図を「3倍の大きさ」でフリーハンドで大きく描き写します。
- 分かっている数字を書き込む:問題文に書いてある座標の数字や、直線の長さを、描き写した図の中に鉛筆でどんどんメモしていきます。
- 頭の中の『新研究』の目次を検索する:「この複雑な形の切り口は……新研究の右側のページにあった『三平方の定理』をあてはめればいけそう。あっちの点の動きは、学校ワークの応用問題にあった『2次方程式』の作り方と同じだ!」
必要な道具は全部見つかりました。あとは、それを組み立てるだけです。
ノートの上で、鉛筆の芯がガリガリと小気味よい音を立てます。辞書引きで鍛えた「隠れたルールを見抜く目」が、複雑な図形の中からシンプルな三角形を見つけ出し、計算式へと形を変えていきます。
3 : 4 = x : (6 – y)
計算の途中の式を省略せずに、縦にきれいに並べて書いていきます。周りの席から、焦って消しゴムでガシガシと答えを消す音が聞こえる中、ぺき子ちゃんの鉛筆は、迷うことなく最後の答えにたどり着きました。
「t = √5 – 1、できた!」
見直しの時間もたっぷり残っていました。出た数字をもう一度計算し直して、ミスがないか確かめます。エラーはゼロ。彼女は静かに鉛筆を机に置きました。
【3月中旬 AM 10:00】合格発表の日
3月中旬、高校の校庭。
正午ぴったりに、大きな掲示板がガラガラと開けられました。
その瞬間、「キャー!」という歓声や「あった……!」という泣き声が、一気に春の空に響き渡りました。
人混みの後ろから、ぺき子ちゃんは自分の受験票を見ながら、掲示板の数字を上から順番に探していきました。
「143、144、145――」
そこには、彼女の受験番号「145」が、くっきりとした黒い文字で並んでいました。
周りの友達が抱き合って「奇跡だ!」と涙を流している中、ぺき子ちゃんはホッと胸をなでおろしながら、ポケットから黒いボールペンを取り出しました。
そして、手帳の「志望校」と書かれた文字の横に、小さくチェックマークを書き込みました。
これは奇跡ではありません。12月に『新研究』をただ回すだけの勉強をやめて、教科書やワーク、辞書を使って「自分で考える力」を育て始めたあの時から、この合格という結末は、自分の手が作り出した当たり前の結果でした。
【4月 AM 8:30】高校1年の教室と、新しいスタート
4月、満開の桜をくぐり抜けて、ぺき子ちゃんは新しい高校の教室に入りました。
入学式が終わったあとの最初のホームルーム。先生から、高校3年間で使う教科書や参考書がドサッと配られました。
- 『青チャート 数学Ⅰ+A』(数学の分厚い参考書)
- 『総合英語 Being』(英語の分厚いルールブック)
- 国語の教科書や、資料がたっぷり載った国語便覧
机の上に積み上げられた本は、なんと25センチ。中学時代のワークの何倍もの重さです。
ぺき子ちゃんは、配られたばかりの分厚い『青チャート数学』のページをめくり、その「目次」のページに、シャープペンシルでサラサラと自分だけのメモを書き込み始めました。
- 「第1章:数と式(中学ワークの12ページに似てる)」
- 「第2章:集合と命題(国語のパズル問題みたいに解く)」
彼女にとって、この分厚い『青チャート』は、ただ丸暗記するための苦しい壁ではありません。これから高校の勉強という広い海で迷子にならないための、「新しい、自分だけの目録(チェックリスト)」に、その場で作り変えてしまったのです。
中学時代の、あのボロボロになった『新研究』は、いま、彼女の部屋の本棚の一番上の特等席に飾られています。
それは、知識を詰め込んでくれた本ではなく、「道具の使い方」を教えてくれた、大切な宝物です。
「これから3年間、この新しい目録を使って、どんな風に教科書とワークを動かしていこうかな」
彼女の目は、目の前の小さなテストなんかではなく、3年後の冬に待っている大学受験、そしてその先の未来を、しっかりと見据えていました。
完璧のぺき子ちゃんは、もうマニュアルに振り回される女の子ではありません。道具の役割をちゃんと知って、自分の力で未来を切り開く、本物の「かっこいい高校生」になっていました。
(『新研究と整理と対策の使い方:完璧のぺき子ちゃん』・完結)