学力を伸ばす子にあるもの──「自分を大切にする気持ち
どうすれば子どもの学力は伸びるのか。
勉強時間、勉強法、集中力、問題集の選び方、塾の使い方。世間ではさまざまなことが語られますし、もちろんそれらはどれも大切な要素です。
けれども、もっと根のところにあるものを一つ挙げるなら、私は「自分を大切にする気持ち」だと考えています。
学力を伸ばしていく子は、自分自身を粗末に扱いません。
これは、自分に甘くするということでも、自分は特別だと思い込むことでもありません。自分の時間、自分の努力、自分の可能性を、ぞんざいに扱わないということです。
自分の行動に責任を持つ、静かな自尊心
自分を大切にしている子は、自分の行動にも責任を持とうとします。
だらだらと時間を過ごしたあとに、「これでよかったのかな」と立ち止まる。やるべきことを後回しにしたときに、「このままでは自分がもったいない」と感じる。
親に叱られるから、成績が悪いと困るから、という外からの理由だけでなく、どこかで「自分をこのままにしておきたくない」という感覚を持っています。自分を責めるためではなく、自分をもう少し良い場所へ連れていきたいと願っているからです。
ここでいう気持ちは、「自分は何でもできる」といった派手な自信ではありません。
自分の努力を途中で投げ出したくない。
自分の時間を無駄にし続けたくない。
自分の可能性を腐らせたくない。
そういった、静かな感覚です。良い意味での自尊心がある子は、うまくいかないことがあっても「どうせ自分なんか」と投げやりにならず、悔しさを抱えながらももう一度立て直そうとします。
劣等感が「努力するエネルギー」を奪っていく
ただし、すべての子が自然にこの気持ちを持てるわけではありません。
不得意なことで何度も馬鹿にされたり、失敗を笑われたり、頑張ってもできないところばかりを責められたりする。そうした経験が重なると、子どもは自分を大切にする感覚を失いやすくなります。
その子は、単純に努力が嫌いなのではありません。努力する前に、「自分が頑張ることに意味がある」と思えなくなっているのです。
勉強ができないことで馬鹿にされ、さらに勉強から離れ、ますます分からなくなり、自分はだめだと思い込む。この劣等感の泥沼にはまると、表面上はただ怠けているように見えても、心の中では「どうせやっても無駄」「できない自分を見るのがつらい」と悲鳴を上げています。
この状態の子に、ただ「努力しなさい」と言っても声は届きません。努力とは本来、自分の未来に少しでも期待しているからこそできるものだからです。
親に大切にされた子は、自分を見捨てない
子どもが勉強が得意でなくても、親がその子を大切に育てていれば、子どもは自分を大切にする感覚を失わずに済みます。
点数が悪いときでも、人格まで否定されない。
失敗したときでも、存在そのものを軽く扱われない。
努力した過程をきちんと見てもらい、その子なりの良さを受け取ってもらえる。
こういう経験は、子どもの中に確実に残ります。「自分は大切にされる価値がある」「今できなくても、少しずつ変わっていける」という安心感がある子は、つまずいても立て直す力を持っています。苦手な教科であれば時間はかかるかもしれませんが、自分を大切にする感覚さえ残っていれば、必ず学ぶ方向へ戻ってくることができるのです。
勉強の技術より先に、大人が守るべきもの
学力を伸ばすためには、覚え方や解き方といった具体的な技術も当然必要です。しかし、その技術を使う本人が自分の未来を投げ出していたら、どんな勉強法も長くは続きません。
子どもの学力を伸ばしたいとき、親はつい点数や順位、勉強時間といった目に見える結果ばかりを追ってしまいます。
しかしそれ以上に、「その子が自分自身を粗末にしていないか」「失敗しても、もう一度やってよいと思えているか」を見守る必要があります。
勉強ができない子を責め続けると、その子はますます自分を粗末に扱うようになります。
反対に、できないことがあっても大切に扱われ、少しずつ立て直す経験を積めた子は、自分の努力を自分で見捨てません。
学力は、短期間で一気に伸びることばかりではありません。遠回りに見えることや、何度も失敗することがあります。
それでも子どもが自分を見失わず、少しずつでも前に進めるように。まずは周りの大人が、その子を粗末に扱わないこと。それが、本当の意味での学力の土台を作るのです。