「I」と「we」の違いから見える、考える習慣の大切さ

英語が苦手な中学生を見ていると、単語を覚えていない、文法を理解していない、という表面的な問題の奥に、もう少し根本的な課題が見えてくることがあります。

それは、言葉の違いに立ち止まって考える習慣です。

英語は、単語を日本語に置き換えれば読める教科ではありません。単語の形、並び方、主語と動詞の関係、前後のつながりを見ながら、「なぜこうなるのか」を考えていく教科です。

ところが、英語が苦手な子の中には、この「一度立ち止まって考える」という作業に慣れていない子がいます。

「I」も「we」も同じ「私」になってしまう

たとえば、中学2年生の後半になっても、I と we の違いがはっきりしていない子がいます。

I の意味を聞くと、「私」。
we の意味を聞いても、「私」。

もちろん、日本語では会話の中で「私」「俺」「うち」など、いろいろな言い方をします。だから、子どもなりには「英語にもいろいろな言い方があるのだろう」と処理しているのかもしれません。

しかし、I と we は、ただ言い方が違うだけではありません。

I は「私は」。
we は「私たちは」。

一人なのか、複数なのかが違います。

そこが見えていないと、I am と we are の違いも意味を持ちません。なぜ I のときは am で、we のときは are なのか。その使い分けが、ただ面倒なものに見えてしまいます。

本来なら、I と we は形がまったく違います。意味も違います。使う動詞も変わります。

そこに「何か違いがあるはずだ」と感じられるかどうか。

英語を理解するうえで、ここはとても大切です。

「私」と訳せる単語を、全部同じものとして扱ってしまう

さらに苦手な子の場合、I、my、me、we まで、すべて「私」として処理してしまうことがあります。

I も私。
my も私。
me も私。
we も私。

日本語にすれば、たしかにどこかに「私」が関係しています。けれども、英文の中での役割はまったく違います。

I は主語として使います。
my は「私の」という意味で、名詞の前に置きます。
me は「私を」「私に」のように、目的語として使います。
we は「私たちは」という複数の主語です。

この違いを考えないまま英文を書こうとすると、とんでもない場所に my や me が出てきます。逆に、our や us のような単語は、教科書での登場回数が少ないこともあり、頭に入っていないままになります。

ここで起きているのは、単なる暗記不足だけではありません。

「同じように訳せるから同じ」ではなく、「形が違うなら役割も違うはずだ」と考える習慣が弱いのです。

英語は、語順を考える教科でもある

英語が苦手な子は、日本語の語順のまま単語を並べることもよくあります。

「私は昨日学校に行った」

これを英文にするとき、

I yesterday school to went.

のように書いてしまう。

そこで、「英語は日本語と同じ順番ではなくなりやすいよ」と伝えると、今度は一生懸命考えて、

went to school yesterday I

のように、後ろからそのまま並べ直すことがあります。

たしかに、I を先頭に持ってくれば、I went to school yesterday. に近づきます。けれども、この段階ではまだ、英語の語順を構造として理解しているわけではありません。

日本語の順番で並べる。
違うと言われたから逆にする。

この処理では、毎回時間がかかりますし、少し文が変わるだけで対応できなくなります。

英語では、まず主語が来て、その後に動詞が来る。
「誰が」「どうした」を先に出す。
そのあとに、場所や時を加えていく。

この感覚が必要です。

中学校の英語では、主語+動詞という言葉を何度も聞きます。それでも身についていない場合、ただ説明を聞いていなかったというより、語順を「意味のある並び」として考える習慣が育っていない可能性があります。

英語は暗号を読む作業に似ている

中学生にとって、英語はある意味で暗号を読む作業に似ています。

見慣れない記号のような単語が並んでいる。
それぞれの形に意味がある。
順番が変わると、文の働きも変わる。
同じ「私」に関係していても、I、my、me、we では役割が違う。

こうした違いを一つずつ見ていく必要があります。

暗号は、ただ眺めていても解けません。覚えた記号を、どう組み合わせるのかを考えなければなりません。

英語も同じです。

単語を覚えることは大切です。文法を覚えることも必要です。しかし、覚えたものを使って、「なぜこの形になるのか」「なぜこの順番になるのか」を考えなければ、英文はいつまでも意味のあるものとして見えてきません。

考える習慣がある子は、無意識に文法を考えている

英語ができる子は、いつも難しい文法用語を意識しているわけではありません。

むしろ、本人はあまり考えていないように見えることもあります。

しかし実際には、頭の中で自然に処理しています。

これは一人の話だから I だな。
「私の本」だから my book だな。
昨日の話だから went だな。
英語では、まず主語と動詞を出すんだな。

こうした判断を、半ば無意識に行っています。

考える習慣がある子にとっては、単語の形の違いや語順の違いが、ただの面倒なルールではありません。意味を持った仕組みとして見えています。

反対に、その習慣が弱い子は、説明を聞いても「英語は細かくて面倒だ」「嫌いだ」で止まりやすくなります。

嫌いだから考えない。
考えないから分からない。
分からないから、さらに嫌いになる。

この循環に入ると、英語はかなり苦しくなります。

数学より英語の方が、考えない弱さが出ることもある

数学の基本問題は、ある程度パターンを覚えることで解けるようになることがあります。

もちろん、本当に力をつけるには数学でも考える力が必要です。ただ、計算や典型問題では、手順を覚えることでしばらく対応できる場合があります。

英語は、そこが少し違います。

I と we の違い。
my と me の違い。
主語と動詞の位置。
日本語と英語の語順の違い。
単語の形と文の中での役割。

こうした細かい違いを、常に見ていかなければなりません。

つまり英語は、考える習慣の弱さが表に出やすい教科です。

「覚えればいい」と思っていても、何をどう区別して覚えればよいのかが分からなければ、記憶そのものが乱れてしまいます。

英語が苦手な子に必要なのは、考える入口を作ること

英語が苦手な子に対して、ただ「単語を覚えなさい」「文法を覚えなさい」と言っても、うまくいかないことがあります。

もちろん、単語も文法も必要です。

しかし、その前に、形が違うなら意味や役割も違うのではないか、順番が違うなら文の作り方も違うのではないか、同じ「私」に関係していても I、my、me、we は同じではないのではないか、と考える入口を作る必要があります。

英語が苦手な子の問題は、能力がないということではありません。

考える前に「嫌い」「面倒くさい」で止まってしまう習慣がついていることがあります。

だからこそ、英語の学習では、正解だけを急がず、違いに気づかせることが大切です。

なぜ I ではなく we なのか。
なぜ my ではなく me なのか。
なぜ yesterday をそこに置くのか。
なぜ英語では、主語と動詞を先に出すのか。

こうした小さな問いを積み重ねることで、英語は暗号ではなく、意味のある仕組みとして見えてきます。

考える習慣が育つと、英語の見え方は変わります。