本を読まない生徒は、国語を苦手にしていることが多いようです。

もちろん、本を読まないからといって、必ず国語ができないわけではありません。頭の回転が速く、文章を読む速度も速い生徒の中には、読書習慣があまりなくても、国語の問題をある程度解ける子もいます。また、言葉の感覚が鋭く、文章の要点をつかむのがうまい生徒もいます。

しかし、多くの生徒を見ていると、読書量の少なさは、やはり国語の苦手さにつながりやすいと感じます。

では、本を読まないことは、どのように国語の苦手さにつながっていくのでしょうか。

大きく見ると、問題は三つあります。

一つ目は、文章を読む速度です。
二つ目は、文章の内容を理解するための背景知識です。
三つ目は、言葉の意味をどれだけ知っているかという語彙の問題です。

この三つは、別々に見えるようで、実際には深くつながっています。

文章を読む速度が遅いと、テスト時間の中で余裕がなくなります。余裕がなくなると、文章の内容をじっくり考えられなくなります。文章の内容を考えるためには、その文章で扱われているテーマについて、ある程度の背景知識も必要になります。そして、背景知識が少ない文章では、意味の分からない言葉も増えやすくなります。

つまり、国語が苦手になるとき、単に「文章を読むのが嫌い」というだけではありません。読む速度、知識、語彙が絡み合いながら、文章を読むことそのものを重くしていくのです。

文章を読む速度が遅いと、考える時間がなくなる

本を読まない生徒が国語で苦戦しやすい理由の一つは、文章を読む速度が遅くなりやすいことです。

国語のテストでは、文章を読むだけでは終わりません。本文を読み、設問を読み、選択肢を比べ、本文のどこに根拠があるかを探し、記述問題では自分の言葉で答えを書く必要があります。

そのため、本文を読む段階で時間がかかりすぎると、問題を解く時間が足りなくなります。

時間内に解き終えることができない場合もあります。最後までたどり着いたとしても、時間がぎりぎりであれば、選択問題で正答を吟味する余裕がありません。記述問題でも、より良い解答に直す時間がなくなります。

この場合、生徒はまったく文章を読めないわけではありません。時間をかければ、内容はある程度分かることもあります。

しかし、試験には時間制限があります。

読むのに時間がかかりすぎると、本文を理解する前に、すでに勝負が苦しくなります。さらに、時間に追われて読むと、文章の細かい条件や、筆者の主張の流れを見落としやすくなります。

国語の得点には、文章を正確に理解する力だけでなく、文章を読む速度も大きく関わっています。

ただし、ここで大切なのは、「速く読めばよい」という単純な話ではないことです。

国語で必要なのは、速く、しかも正確に読むことです。速度だけを上げようとして雑に読むと、本文の理解が崩れます。そうなると、かえって点数は下がります。

そこで必要になるのが、日ごろから活字に慣れておくことです。

読書は、読む速度を自然に上げる

文章を読む速度を上げるために、もっとも自然な方法は読書です。

普段から本を読んでいる生徒は、文章を目で追うことに慣れています。長い文章を見ても、それだけで嫌になりにくい。文の流れを追うことにも慣れている。知らない表現が少し出てきても、前後の流れから意味を補いながら読めるようになります。

もちろん、読書をしたからといって、すぐに国語の点数が上がるわけではありません。

しかし、長い目で見ると、読書の習慣は読む速度に大きく影響します。

頭の回転が速い生徒は、本を読むことがほとんどなくても、文章を読む速度が速いことがあります。けれども、そうでない子どもでも、読書の習慣を身につけることで、読む速度は上がっていきます。

最初から難しい本を読む必要はありません。

自分の好きなジャンルの本で構いません。読みやすい物語でも構いません。小学生向けの本でも構いません。まずは、活字に慣れることが大切です。

特に学年が低いほど、読書による効果は大きくなります。

小学校低学年や中学年の児童であれば、早い時期から英語の勉強に多くの時間をかけるよりも、日本語の本をたくさん読むことの方が、将来の学力の土台を作るうえで大きな意味を持つ場合があります。

読書によって身につくのは、国語の力だけではありません。文章を追う力、ことばの力、知識、想像力、抽象的な内容を理解する力など、さまざまな力が育ちます。

読書は、将来の学力の伸びしろを広げる活動です。

文章を理解するには、背景知識が必要になる

国語が苦手になる理由は、読む速度だけではありません。

文章を読む速度がある程度あっても、文章の内容そのものが理解できない場合があります。ここで重要になるのが、背景知識です。

国語は日本語で書かれているので、「日本語なのだから読めるはずだ」と思われがちです。しかし、実際にはそう単純ではありません。

文章の内容について、ある程度の知識があるかどうかによって、理解のしやすさは大きく変わります。

たとえば、国語の文章問題で、鎌倉、室町、江戸といった封建社会での農民の暮らしや、生活における価値観について書かれていたとします。

日本の歴史に興味があり、封建社会の農民の暮らしについてある程度の知識がある生徒なら、その文章を読みながら内容をイメージしやすくなります。

しかし、日本の歴史に興味がなく、封建社会の農民の暮らしについてほとんど知らなければ、文章の内容への理解は弱くなります。本文に説明が書かれていたとしても、一つひとつの内容を頭の中でつなげるのに時間がかかります。

地球温暖化についての文章でも同じです。

化石燃料、プラスチック、二酸化炭素の発生、太平洋諸島で暮らす人々の生活などについて知識が少なければ、文章理解は不十分になります。言葉を目で追うことはできても、筆者が何を問題にしているのか、何を主張しているのかが見えにくくなります。

つまり、国語の文章問題では、本文だけを見ているようで、実際にはその文章の背後にある知識も使っています。

背景知識がある生徒は、文章の内容を受け止めるための棚をすでに持っています。新しい情報が入ってきたときに、「これは前に知ったあの話と関係がある」と整理できます。

一方、背景知識が少ない生徒は、文章の中に出てくる内容を、その場で一つひとつ処理しなければなりません。すると、読むことそのものが重くなります。

易しい本の多読で、知識の土台を作る

文章の内容を理解しにくい生徒には、背景知識を増やすことが必要です。

そのためには、さまざまなジャンルの本を読むことが有効です。

歴史の本。自然科学の本。社会の仕組みについての本。伝記。物語。説明文。小学生向けの学習まんがや読み物。こうしたものを通して、少しずつ知識の土台を広げていきます。

本は読みやすく、易しい本で構いません。

中学生や高校生が、小学生向けの本を読んでも構いません。大切なのは、難しい本を無理に読むことではなく、相互に関連性のある知識をたくさん手に入れることです。

たとえば、地球温暖化について理解するには、「二酸化炭素」という言葉だけを知っていても不十分です。化石燃料、産業、プラスチック、海面上昇、島国の暮らし、国際的な対策など、さまざまな知識がつながってくることで、文章の内容が見えやすくなります。

歴史についても同じです。

鎌倉、室町、江戸という言葉だけを知っていても、文章の内容は十分には分かりません。農民の暮らし、年貢、村の仕組み、身分制度、武士との関係などが少しずつつながってくることで、文章を読んだときの理解が深くなります。

易しい本を多読することがポイントです。

知識のストックがある程度できてきたら、高い難度で書かれた本に切り替えればよいのです。最初から難しい本に挑戦して、読むこと自体が嫌になるよりも、易しい本をたくさん読んで、知識の土台を厚くした方がよいです。

そして、この背景知識の問題は、語彙の問題ともつながっています。

知っている世界が広がるほど、知っている言葉も増えていきます。逆に、知らない世界についての文章では、意味の分からない言葉も増えやすくなります。

意味の分からない言葉が少し多いだけで、文章は読みにくくなる

国語が苦手な生徒の中には、文章を読んでいるときに、意味の分からない言葉が少し多い生徒がいます。

ここで大切なのは、「少し多い」というところです。

まったく意味の分からない言葉だらけであれば、本人も周囲もすぐに気づきます。しかし、国語で問題になりやすいのは、そこまで極端な場合ではありません。

文章の中に、ところどころ分からない言葉がある。なんとなく読めているように感じる。けれども、文章全体の理解はどこかぼんやりしている。

この状態が、国語の得点を不安定にします。

子どもの頃の生活で、親とのおしゃべりや、テレビ番組を見て楽しむことよりも、庭や公園で走り回ることの方が好きだった子どもに、こうした傾向が見られることがあります。

もちろん、外で遊ぶことは悪いことではありません。体を動かすことは、子どもの成長にとって大切です。

ただ、ことばを聞き、ことばを発する機会が少ないと、意味の分からないことばが若干多くなることがあります。

この若干というのが、文章理解の大きな妨げになります。

文章を読んでいて、100語あたり4語ほど意味が分からない単語があると、その文章全体の理解が困難になると言われています。

意味の分からない言葉が少しあるだけなら、本人は「だいたい読めている」と感じるかもしれません。しかし、その少しの分からなさが、文と文のつながりを分かりにくくします。

ひとつの言葉が分からない。
その言葉を含む一文の意味がぼやける。
その一文の意味がぼやけると、次の文とのつながりが分かりにくくなる。
その結果、文章全体の理解が不安定になる。

国語の問題では、このようなことが起こります。

語彙力は、国語の土台です。言葉の意味が分からなければ、文章の内容も十分には分かりません。

語彙を増やすには、言葉に触れる機会を増やす

意味の分からない言葉が多い生徒にも、やはり読書がおすすめです。

本を読むことで、日常会話だけでは出会わない言葉に触れることができます。物語や説明文の中で言葉に出会うと、その言葉がどのような場面で使われるのかも分かりやすくなります。

また、娯楽としては、ゲームだけでなく、テレビ番組を見ることにも意味があります。

テレビでは、人の会話、説明、ニュース、物語、ナレーションなど、さまざまな言葉に触れることができます。もちろん、ただ長時間見ればよいということではありませんが、言葉に接する機会を増やすという意味では役に立ちます。

さらに、本を読んでいて意味の分からない言葉が出てきたときには、辞書で調べる習慣を身につけるとよいです。

すべての言葉をその場で調べる必要はありません。それをやりすぎると、本を読むことが苦しくなります。

しかし、何度も出てくる言葉、内容を理解するために大事そうな言葉、分からないままだと文章全体がぼやけてしまう言葉は、できるだけ調べるようにした方がよいです。

語彙は、一度調べただけで完全に身につくものではありません。何度も出会うことで、少しずつ自分の言葉になっていきます。

ここまで見てきたように、国語の苦手さには、読む速度、背景知識、語彙が大きく関わっています。

しかし、国語が苦手な理由は、それだけではありません。理科や数学では力を発揮できるのに、国語になると急に力を出しにくくなる生徒もいます。

理数系が得意なのに、国語が苦手な生徒

理数系が得意だが、国語が苦手だという生徒もいます。

この場合、まず考えたいのは、単に国語への興味が弱いために、国語の練習量が不足しているタイプです。

理科や数学は好きなので、自分から勉強する。問題を解くことにも抵抗がない。分からないところがあっても、考えること自体を面白がれる。

しかし、国語の文章、とくに物語文や評論文には興味が湧かない。すると、国語の勉強量が少なくなります。読書量も少なくなります。その結果、国語だけが弱くなっていきます。

このタイプは、国語の能力そのものが低いというより、国語への入口が合っていないことがあります。

その場合は、最初から文学的な文章ばかりを読ませる必要はありません。国語の勉強でも、理科の内容と重なるものを選ぶとよいです。

自然科学系の説明文の読解問題を選んで解く。宇宙、生物、気象、環境、エネルギー、科学技術、医学、発明、数学者や科学者の伝記など、理数系の生徒が興味を持ちやすい内容から入る。

こうした方法なら、国語の勉強への抵抗感が下がります。

理科の内容と重なる文章であっても、文章を読む練習にはなります。説明文を読み、筆者の主張をつかみ、具体例との関係を考え、設問に答える練習ができます。

得意科目はある。国語は、興味が湧いていないだけ。

そういう生徒は、入口を変えることで国語も強くなっていくことがあります。

それでも国語が伸びにくい生徒もいる

ただし、理数系が得意で国語が苦手な生徒の中には、国語への入口を変えても、なかなか伸びにくい生徒もいます。

理数系は得意だが、国語は苦手である。苦手な国語も、理科や数学のように頑張った。しかし、成績が伸びない。

こういう生徒は、かなり少数ですが確実にいます。

この場合、単に「勉強不足」とだけ考えると、本人を必要以上に苦しめることがあります。

理科や数学では力を発揮できる。筋道が見えると強い。数式や法則のようなものはよく理解できる。ところが、国語になると、文章の微妙な意味、筆者の言い回し、登場人物の心情の変化、選択肢の細かな違いなどをつかむところで苦戦する。

これは、脳の特性のようなものが関係している場合もあると思います。

有名な例として、アインシュタインについては、幼いころ言葉が遅かったという逸話がよく知られています。物理学においては人類史上最高級の頭脳を持ち、死後長い年月がたっても色あせない理論を打ち立てた人物ですが、語学や国語的な分野は得意ではなかったと言われています。

一方で、数学には非常に強く、小学生のころから高度な数学を学んでいたとも伝えられています。

また、ラテン語が苦手だったために大学受験で苦労したという話もあります。最終的には、数学の力を評価され、知人の紹介もあって進学の道が開けたとされています。今で言えば、一般入試の点数だけではなく、特定分野の力を評価された推薦入学に近いものと考えることもできるかもしれません。

もちろん、すべての生徒をアインシュタインと比べる必要はありません。

ここで大切なのは、国語や語学が苦手だからといって、その生徒の能力全体が低いわけではないということです。

対策をしても難しい場合は、得意分野を伸ばす

国語が苦手な場合、まずは原因を見分けることが大切です。

読む速度が遅いのか。
背景知識が少ないのか。
語彙が少ないのか。
国語への興味が弱いだけなのか。
それとも、対策をしてもどうしても国語が伸びにくいタイプなのか。

読む速度が遅いなら、読書によって活字に慣れる。

文章の内容が理解できないなら、易しい本を多読して背景知識を増やす。

意味の分からない言葉が多いなら、言葉に接する機会を増やし、辞書を使う。

理数系への興味が強いなら、自然科学系の文章から国語に入る。

このように、原因に応じて対策を立てることができます。

しかし、それでもどうしても国語が伸びにくい場合には、国語についていたずらに劣等感を持つ必要はありません。

もちろん、国語をまったく勉強しなくてよいという意味ではありません。受験に必要な範囲では、読解問題を解き、語彙を増やし、記述の練習をし、選択肢の見分け方を身につける必要があります。

しかし、どうしても国語が大きく伸びない場合には、理科や数学を伸ばす方向に力を入れることも大切です。

幸いにして日本は、理数が得意な人に対する大学の門戸は広くなっています。理科や数学の力を活かせる進路はあります。国語が苦手だからといって、すべての可能性が閉ざされるわけではありません。

国語が苦手であることを、ただ本人の努力不足として片づけないことが大切です。

まずは、国語が苦手な理由を見つける。
次に、その理由に合った対策を立てる。
それでもどうしても難しい場合には、国語への劣等感を持ちすぎず、得意な理科や数学を伸ばす方向に切り替える。

その方が、生徒の力をより自然に伸ばせる場合があります。