勉強法

人類の記憶力の発達の過程を知れば暗記が得意になる

狩猟採集の歴史と脳の進化

およそ200万年前にヒトの祖先が地球上に登場して以来、ヒトの脳が進化し続けてきた原因はいくつもあります。その1つが、狩猟採集生活です。主に植物だけを食べていたのが、肉や木の実も食べるようになり、高タンパク質や無機栄養物も摂取できるようになりました。こうした食生活は脳の容積を大きくし、ヒトの知能を高めることになりました。また、野生の動物を集団で狩りをすることによって、音声言語や身体言語が高度化、複雑化していき、知能が高まっていきました。

狩猟採集生活と記憶力の発達

狩猟採集生活は、ヒトの記憶力の発達にも寄与しました。
狩猟採集生活では、ヒトは住まいである洞窟を出て、1日から数日の間、木の実や野生の動物を探して歩きます。やがて、それらが豊富にある場所を見つけ、手に入れてます。そして、また、同じ場所を訪れるために、そうした場所を記憶化します。こうした生活を200万年前から農耕生活に切り替わる1万年前まで、非常に長い期間続けてきたのです。

そのため、狩猟採集の行動と、あることがらを記憶するというメカニズムとの間には、いくつかの深い関係があるのです。

喜びの感情と記憶

1つは、喜びの感情と記憶です。ヒトが数日間ずっと歩き続けて、ようやく食糧が豊富にある森林や水辺などを発見したとき、大きな喜びが込み上げるでしょう。そして、その場所を再び訪れるために、その場所や道順を記憶しておこうとする思いもかなり強いでしょう。このことから、喜びの感情と記憶は連動したものだということが分かってきます。およそ200万年の狩猟採集生活において、ヒトは食糧のありかを発見し、その場所を記憶化することを常に行ってきました。こうした繰り返しによって喜びの感情と記憶化というのはセットになっていったのです。

現代の脳神経科学でも、喜びや楽しみの感情が高まるとドーパミンという神経伝達物質が脳内で分泌されることが分かっています。ドーパミンの分泌が増えると、記憶がスムーズになり、何かをやろうとする意欲が高まります。

こうしたことから、勉強においても、喜びや楽しさの感情とともに暗記に努めた方が暗記がうまくいくといえます。実際に勉強が得意な人をみると、辛そうな表情ではなく、真剣ではあるけれどもどこか楽しげな表情で勉強に取り組んでいたりします。

けれども、ほとんどの人にとって勉強は楽しくないものです。勉強をしていて喜びの気持ちなど中々湧きません。どうすればいいのでしょうか?

意識的に楽しい気分を作りながらの暗記が有効

それは、感情は、表情や身ぶり手ぶりによって作り出されるという特性を利用することで上手くいきます。別に楽しくもないのだけれど、笑顔を浮かべていたら楽しい気分になってきたという経験をしたことはあるでしょう。勉強でも口元に笑みを浮かべながら取り組んでみるのです。そうすれば、楽しい気分が作られて、勉強での暗記をスムーズに行うことができます。

狩猟採集生活と記憶すべき情報の厳選

ヒトの狩猟採集生活が記憶力を発達させたもう1つのメカニズムは、記憶すべき情報の取捨選択です。200万年前のヒトの脳の機能は、まだ脆弱でした。暗記できる情報量もかなり少なかいものだったと思われます。ヒトの脳の容積が増え、脳の機能が高次なものになったのは、ヒトが火を使用して以降と言われています。ヒトは火を使用して肉や炭水化物を焼いて食べるようになりました。食物の消化吸収に使われるエネルギーは減り、推論や判断や記憶化といった脳の活動に多くのエネルギーを回せるようになりました。生食では栄養を吸収しにくい芋類でも、加熱することで栄養を十分に摂取できるようになりました。そうして、脳の容積の増大と機能の複雑化が引き起こされていきました。

すなわち200万年前から、火を使用し始めるまでの百数十万年前間、ヒトの脳は進化の途上にあり、記憶化の機能も脆弱だったのです。そのため、百数十万年もの長い期間、ヒトは情報を厳選して記憶化することを余儀なくされていたのです。

ヒトの脳は生死に関わる情報を長期記憶化してきた

では、ヒトは非常に長い期間、どのような基準で情報を厳選していたのでしょうか?それは他の動物と全く同じ基準でした。ヒトは、自分の生死に深く関わる情報を選び取り、それらを記憶化していたのです。食糧が豊富にある場所というのは生死に関わる位置情報です。それに対して。たとえば見通しの良い心が晴れやかになる綺麗な景色が広がる場所は、生死にはあまり関わらない位置情報です。食糧の豊富な場所の情報取得が時間的に古く、風景の綺麗な場所の情報取得が新しいとしても、ヒトは食糧の豊富な場所という古い情報を長期記憶化し、保持し続けます。綺麗な場所の情報はたとえ記憶されたとしても、すぐに忘れ去られてしまうのです。生死に関わらない情報であると脳が判断して、捨ててしまうのです。そうやって脳は、限りある記憶スペースを上手に使っていたのです。

脳が十分に進化した現代人においても、生死に関わらない情報は捨てやすいという脳の特性は残っています。脳は自分の生死に関わる情報を優先させて長期記憶として保持するのです。

生死を分ける情報の記憶化を勉強に利用する

生死を分けるような重要な情報の記憶化についての脳のメカニズムを、勉強での暗記に生かすにはどうすればいいのでしょう?

それは、暗記しなければならないことがらを、「これは自分の生死と関わる重要な情報だ」と言い聞かせながら覚えるのです。また、「この情報は自分の人生を良くしていくかけがえのない情報だ」とか、「この情報は自分の人生において非常に有効だから、長く覚えておかなければならない」という言葉も有効です。

すなわち、ある情報を、「これは、自分の生死に関わる情報だ」と思いながら、喜びの感情とともに取得すれば、その情報はたやすく記憶化されるのです。

好きな異性と記憶のメカニズム

好きな異性のことを例にすれば、この考えが正しいことが理解できるでしょう。自分にとって魅力的と思える異性に初めてあった時、喜びの気持ちが生じます。そして、その異性の名前、顔立ち、出会った場所や経緯、その人の話していた言葉などがしっかりと記憶に残ります。自分にとって魅力的というのは、その人が自分の人生に強く関わってほしいという願望とも密接に結びついています。

すなわち喜びの感情と、自分の生死や人生に強く関わってほしいという思いの2つが、その異性に関する情報をしっかりと記憶化させるのです。