城東進学会の運営者情報

氏名・年齢

照沼治 57歳
個人塾ですので、運営者自らが講師となって授業を行います。
 
 
 
 
 
 

出身校

東海村立白方小学校
東海村立東海中学校 卒業
茨城県立日立第一高校 卒業
明治大学 文学部 卒業
慶應義塾大学 通信教育課程 文学部 卒業

学びについての私の考え

私の学習塾の講師としてのキャリアのスタートは、27歳のときでした。東京都内の進学塾に就職し、私国立の難関中学校や難関高校への進学を志望する小中学生に、国語を教えるところから始まりました。
その後、神奈川の学習塾に移籍し、公立高校への進学を志望する中学生に英語、国語、数学を教えました。いずれ、私の故郷である茨城に帰って、塾を立ち上げたい気持ちがあったので、難関中高への進学を志望する小中学生に接するよりも、公立高校への進学を志望する中学生に勉強を教える経験を積んだ方がプラスになると考えたからでした。
33歳のときに茨城に戻り、水戸の学習塾で7年間働いた後、出身地である東海村に学習塾を立ち上げました。40歳のときです。
そうして時が経ち、53歳になった2014年の2月、私にある思いが生じました。その思いは、「20年以上もの長い年月、自分がやってきた仕事 ――児童や生徒らに勉強を教えるという仕事―― は、いったいどんなものなのか」をしっかりと考えたいというものでした。
それは、慶應義塾大学の通信教育課程に籍を置く学生の属性についての統計データを、インターネットで見たのがきっかけでした。通信教育課程は文学部、法学部、経済学部の3つの学部で構成されています。在籍している学生の数は、約8000人から9000人の推移となっています。学生らの年齢構成は、18歳から30歳までが全体の約19%、30代が約23%、40代が約25%、50代が約19%、60歳以上が約14%です。すなわち、慶應義塾大学の通信教育課程は、社会人や、定年退職を迎えた熟年期の人が多数を占める、生涯学習的な学習機関の色合いを帯びているのです。
そうした統計データを見て、私は自分も通信教育課程で学んでみたいという気持ちが沸き起こりました。そして、学びたいことがらは、「児童や生徒に勉強を教えるというのはどういうことなのか」というものであり、「それを探究して、もっと上手に生徒らに接し、生徒らの学力を十分に伸ばすことができるようになりたい」という気持ちも募りました。
すぐに、大学に志望動機書と小論文を添えた書類を郵送し、同年の4月から慶應義塾大学の通信教育課程での学びを始めました。すでに明治大学を卒業しているので、慶應義塾大学の通信教育課程には学士入学という形で参加しました。
通信教育課程での学習の内容は、「課題のレポートを作成して郵送し、合格不合格の判定をもらう」、「年に4回、神奈川の川崎市のビジネスホテルに宿泊して東京都の三田の校舎で科目試験を受ける」「夏は約1週間、ビジネスホテルに連泊して、神奈川の日吉校舎や東京の三田校舎で大学の講義に参加する」「インターネットで配信される英語講座を毎週聞く」「自分でテーマを決めて卒業論文を作成する」などといったものでした。
それから4年後の2018年3月、私は通信教育課程を卒業することができました。慶應義塾大学の通信教育課程の毎年の卒業者数は200人から300人です。在籍生の数が約8,000人ですから、卒業率は単純計算で5%前後となっており、卒業が日本で最も難しい通信制と言われています。
私の場合も同様で、卒業論文の制作が非常に大変でした。卒業論文の制作開始から完成までに1年3ヶ月かかりました。完成までの後半の4ヶ月は、塾で生徒に勉強を教えている時間以外は、卒業論文の制作に没頭していました。平日は毎日12時間、土曜日や日曜日は15時間はぶっ通しで本を読み、パソコンで文章を書き、推敲していました。この4ヶ月が人生で一番、頭を使って勉強したという実感があります。
慶應義塾大学の大教室での試験のとき、試験の10分前ぐらいのときに、40代、50代、60代、中には70歳を過ぎているような高齢の方が、試験勉強で作成した自分らのノートを見たり、細かな字で書き込み、線を引いたテキストを見たりして、熱心に勉強してる姿は、私にとって特に強い刺激となりました。何歳になろうとも、学びたい気持ちを強く持ち、熱心に勉強をしている様子が、その人たちのノートやテキストにはっきりと表れていたからです。
学びに対するそうしたひたむきな姿勢を見たことが、私の教育観 ―― 生徒に勉強を教えるときの私の心構え ―― に強い影響を与え、変化を引き起こしました。
それは、私の学習塾に通う生徒達が、学びを嫌わないようにするというものです。それまでは、生徒の成績を上げることを主目的とし、なんとしても勉強をさせて成績をあげることにやっきになっていました。
これに対して、新たに生じた考えは、学力が高くない生徒が「努力しても思うような成績がとれない、それは自分の能力が低いからだ、勉強はやりたくない」という思いを持たないように徹底的に配慮するというものです。勉強は、高校入試や大学入試を目標として行う以外にも必要となることがあります。それは、たとえば資格を取得ための勉強などです。
資格をとらなくとも、自分の興味のあることがらを主体的に学ぶという姿勢を身につけて生きることは人生を豊かにします。
それなのに、長い人生のほんの入り口である小中学校の期間で、勉強に強い劣等感を持ち、勉強が嫌いになってしまたとしたら、それは非常に惜しいことです。勉強ができなくても、勉強に対して嫌いという感情はあまり持たず、「自分は今は勉強が苦手で、嫌いな気持ちもあるが、いつか勉強が好きになるときがくるはずだし、少しずつ勉強ができるようになっていく」という思いを持つことが望ましいです。
塾に通ってくる生徒らが、そういった前向きな気持ちで勉強をするように指導することが私の務めであると今は考えている次第です。