――「頑張りなさい」の前に、なぜ頑張れなくなっているのかを見る――

子どもを見ていて、保護者の方が不安になる場面があります。

少し難しい問題になると、すぐにあきらめる。
宿題を始めても、すぐ手が止まる。
テスト前なのに、なかなか本気にならない。
「やればできるのに」と思うのに、その「やる」が続かない。

こういう姿を見ると、親としてはつい言いたくなります。

「もっと努力しなさい」
「すぐあきらめないで」
「みんな頑張っているよ」
「このままだと困るよ」

どれも、親としては当然の言葉です。

しかし、努力できない子に対して、ただ「努力しなさい」と言っても、なかなかうまくいきません。

なぜなら、努力できない状態には理由があるからです。

怠けているだけに見える。
やる気がないだけに見える。
甘えているだけに見える。

けれども、その奥には、失敗への不安、自信の低下、課題の難しすぎる状態、過去の嫌な経験、家庭での評価のされ方などが重なっていることがあります。

子どもは、最初から努力が嫌いだったとは限りません。

努力しても報われなかった。
頑張ったのにできなかった。
間違えるたびに責められた。
比べられて、自分はだめだと思った。

そういう経験が続くと、子どもは努力する前に心を守ろうとします。

つまり、努力できないのではなく、努力することが怖くなっている場合があるのです。

努力できない子は、最初から怠け者なのか

努力が続かない子を見ると、「この子は根気がないのではないか」と思われることがあります。

もちろん、生活習慣が乱れている場合もあります。

スマホやゲームの時間が長すぎる。
寝る時間が遅い。
勉強する時間が決まっていない。
机に向かうまでの流れができていない。

こうした問題がある場合は、生活の整え方も大切です。

しかし、それだけでは説明できない子もいます。

机には向かう。
やろうとはする。
でも、少し分からないと止まってしまう。
間違えると、急に気持ちが折れる。
一度崩れると、もう続けられない。

このような子は、単に怠けているというより、努力の途中で受ける心理的な負担に耐えにくくなっている可能性があります。

努力とは、ただ長時間座ることではありません。

分からないものに向き合う。
間違いを見る。
もう一度やり直す。
すぐには結果が出なくても続ける。

こうしたことが含まれます。

つまり努力には、かなりの心の体力が必要なのです。

その心の体力が弱っている子に、「もっと努力しなさい」とだけ言っても、うまく動けないことがあります。

努力が続く子は、失敗しても自分を全否定しない

努力できる子と努力できなくなる子の違いは、能力だけではありません。

大きな違いの一つは、失敗したときの受け止め方です。

努力が続く子は、間違えたときにこう考えやすいです。

「ここがまだ分かっていないんだな」
「次はこの部分を直せばいい」
「もう一回やれば、少しできるかもしれない」

もちろん、落ち込むことはあります。

しかし、失敗がそのまま「自分はだめだ」という結論にはなりにくい。

一方で、努力できなくなる子は、失敗をとても重く受け止めます。

一問間違えただけで、全部できない気がする。
テストで悪い点を取ると、自分の価値まで下がったように感じる。
分からない問題が続くと、「どうせ自分には無理」と思ってしまう。

この状態では、努力はかなり苦しいものになります。

なぜなら、努力するたびに、自分のだめさを確認するような気持ちになるからです。

これでは続きません。

努力を続けるには、「できないところが見つかっても、自分は終わりではない」と感じられることが必要です。

努力しても報われない経験が続くと、子どもは動けなくなる

子どもは、努力すればすぐに前向きになるわけではありません。

過去に何度も失敗している子は、努力する前から疑っています。

またやっても無理かもしれない。
また分からないかもしれない。
また怒られるかもしれない。
また自分だけできないと感じるかもしれない。

こうなると、勉強を始めること自体が重くなります。

親から見ると、「なぜ始めないのか」と見えます。

しかし、子どもの側では、始める前から嫌な結果を予想していることがあります。

これは、学習性無力感に近い状態です。

何度やってもうまくいかなかった経験が続くと、人は「どうせやっても変わらない」と感じやすくなります。

この状態の子に必要なのは、いきなり大きな努力を求めることではありません。

まず、「やれば少し変わるかもしれない」という小さな感覚を取り戻すことです。

課題が大きすぎると、努力は始まらない

努力できない子に対して、大人はつい大きな目標を出してしまいます。

ワークを全部終わらせなさい。
今日は二時間勉強しなさい。
苦手な単元を全部やり直しなさい。
次のテストでは必ず何点以上取りなさい。

目標としては正しいかもしれません。

しかし、今すでに動けなくなっている子にとっては、山が大きすぎます。

山が大きすぎると、人は登る前からあきらめます。

努力が苦手な子に必要なのは、最初から大きな山を見せることではありません。

最初の一歩を小さくすることです。

一問だけ解く。
五分だけ始める。
英単語を五個だけ確認する。
数学の途中式を一行だけ書く。
丸つけだけする。

大人から見ると、少なすぎるように感じるかもしれません。

しかし、努力できなくなっている子にとっては、「始められた」という経験がまず必要です。

努力は、いきなり長時間続くものではありません。

小さく始めて、「やっても大丈夫だった」という経験を積むことで、少しずつ戻ってきます。

努力を続けるには、成功体験の大きさより回数が大切

子どもに自信をつけさせようとして、大きな成功を求める必要はありません。

むしろ、最初に必要なのは小さな成功です。

一問できた。
昨日より早く始められた。
途中式を最後まで書けた。
分からない問題に印をつけられた。
丸つけのあとに、一つだけ直せた。

こういう小さな成功が積み重なると、子どもは少しずつ「自分でも動ける」と感じます。

この感覚がないまま、大きな目標だけを出しても、努力は続きにくいものです。

努力できる子は、最初から強い根性を持っているとは限りません。

「やったら少しできた」という経験を何度も持っていることが多いのです。

子どもに必要なのは、一発で大きく変わる成功ではありません。

自分で動いたことが、少しだけ結果につながったという経験です。

その経験が増えると、次の努力が少し軽くなります。

努力をほめるときは、言葉の中身に注意する

努力をほめることは大切です。

ただし、何でも「頑張ったね」と言えばよいわけではありません。

子どもによっては、「頑張ったね」と言われても、何を見てもらえたのか分からないことがあります。

また、結果が出ていないときに「頑張ったね」と言われると、かえってむなしく感じる子もいます。

大切なのは、努力を具体的に見ることです。

「昨日より早く始めたね」
「今日は途中式を消さずに残せたね」
「間違えた問題をそのままにしなかったね」
「英単語を見て終わりにせず、隠して言えるか確認したね」

このように、何がよかったのかを具体的に伝えると、子どもは自分の行動を理解しやすくなります。

努力は、ただ気合いの問題ではありません。

どんな行動を取ったか。
どこを工夫したか。
前と比べて何が変わったか。

そこを見てもらえると、子どもは「次も同じようにやればいい」と分かりやすくなります。

努力できない子には、努力のやり方が見えていないことがある

「努力しなさい」と言われても、子どもは何をすればよいのか分かっていないことがあります。

大人にとって努力とは、問題を解くこと、覚えること、直すこと、繰り返すことだと分かります。

しかし、子どもにとってはそうではありません。

机に座っていれば努力。
教科書を眺めていれば努力。
答えを写していれば努力。
ノートをきれいに書けば努力。

そう思っていることもあります。

もちろん、それらがまったく無意味というわけではありません。

しかし、点数につながる努力になっているかどうかは別です。

たとえば、英単語なら、ただ書くだけではなく、意味を隠して言えるか確認する必要があります。

数学なら、解説を読んで終わりではなく、答えを見ずにもう一度解けるか試す必要があります。

社会なら、教科書を読むだけでなく、用語を見て説明できるか、問題形式で答えられるか確認する必要があります。

努力できない子の中には、努力する気持ち以前に、努力の形が分かっていない子がいます。

その場合は、「頑張れ」ではなく、「こうやると勉強になる」という具体的な手順が必要です。

比較されると、努力は苦しくなる

子どもに危機感を持たせようとして、比較の言葉が出てしまうことがあります。

友達はもっとやっている。
兄弟は同じ時期にできていた。
前のあなたはもっと頑張っていた。
同じクラスの子はもう終わっている。

親としては、刺激を与えたいのかもしれません。

しかし、比較は子どもの努力を助けるとは限りません。

比較された子どもは、「自分も頑張ろう」と思う前に、「自分は負けている」と感じやすくなります。

特に、すでに自信を失っている子にとって、比較はかなり重いものです。

努力する前から、負けを確認させられているように感じるからです。

努力を育てたいなら、比べる相手は他人ではなく、昨日の自分にした方がよいことがあります。

昨日より一問多く解けた。
前より早く始められた。
前は見なかった間違い直しを見られた。
前より少し長く集中できた。

こうした比較なら、子どもは自分の変化を見やすくなります。

努力は、他人に勝つためだけにあるのではありません。

昨日より少しだけ前へ進むためにもあります。

失敗を責める家庭では、努力は隠れる

子どもが努力しなくなる背景には、失敗の扱われ方があります。

間違えると怒られる。
点数が悪いと責められる。
分からないと言うと、あきれられる。
何度も同じことを聞くと、叱られる。

こういう経験が続くと、子どもは努力そのものを隠すようになります。

努力すると、できないところが見えてしまうからです。

問題を解けば、間違いが出ます。
丸つけをすれば、バツが見えます。
質問をすれば、分かっていないことが表に出ます。

もし家庭の中でそれが責められる材料になるなら、子どもは努力しない方が安全だと感じます。

これが続くと、勉強からどんどん離れていきます。

努力を育てるには、失敗を出せる環境が必要です。

間違えたことを責めるのではなく、どこを直せばよいかを見る。

分からないと言えたことを、出発点として扱う。

この空気があると、子どもは少しずつ努力に戻りやすくなります。

努力できる子は、勉強を完璧に好きなわけではない

努力できる子を見ると、勉強が好きなのだと思われることがあります。

もちろん、学ぶことが好きな子もいます。

しかし、努力できる子がいつも勉強好きとは限りません。

面倒だと思う日もあります。
やりたくない日もあります。
難しい問題で嫌になる日もあります。
テスト前に不安になることもあります。

それでも、完全には投げ出さない。

その違いは、勉強が好きかどうかだけではありません。

努力の始め方を知っている。
途中で止まったときの戻り方を知っている。
失敗しても、自分を全部否定しない。
少しやれば少し変わるという経験を持っている。

こうしたものが、努力を支えています。

つまり、努力できる子とは、常にやる気に満ちている子ではありません。

やる気が弱い日でも、戻る方法を持っている子です。

家庭でできることは、努力を命令することではない

家庭でできることは、子どもに努力を命令することだけではありません。

むしろ、努力しやすい状態を作ることが大切です。

まずは、始める量を小さくする。

いきなり一時間ではなく、五分だけ。
ワーク一ページではなく、一問だけ。
全教科ではなく、一教科だけ。
全部の直しではなく、一つだけ。

次に、できた行動を具体的に見る。

点数だけではなく、始められたこと、戻れたこと、直そうとしたことを見る。

さらに、失敗を責める材料にしない。

間違いを見つけたら、「どこから直せそうか」と考える。

そして、努力のやり方を具体的にする。

「勉強しなさい」ではなく、「英単語を隠して五個言えるか確認しよう」「数学の間違えた問題を一問だけ解き直そう」と行動に落とす。

このようにすると、努力は少しだけ始めやすくなります。

努力は、精神論だけでは育ちません。

始めやすさ、戻りやすさ、失敗しても大丈夫な空気、具体的な手順。

そうしたものに支えられて育ちます。

努力できない時期があっても、そこで終わりではない

子どもには、努力できない時期があります。

勉強に疲れている時期。
失敗が続いている時期。
自信をなくしている時期。
学校や友人関係で気持ちが揺れている時期。
部活や生活リズムで余力が残っていない時期。

そういう時期に、以前と同じ努力を求めても難しいことがあります。

大切なのは、努力できない状態を固定された性格として見ないことです。

「この子は努力できない子だ」と決めてしまうと、子ども自身もその見方を受け取ってしまいます。

本当は、一時的に動けなくなっているだけかもしれません。

本当は、やり方が合っていないだけかもしれません。

本当は、失敗の怖さが強くなっているだけかもしれません。

そこを見分けることが大切です。

努力できない時期があることと、その子が一生努力できないことは違います。

まとめ:努力は気合いではなく、経験の積み重ねで育つ

努力できない子を見ると、大人はつい「気合いが足りない」と考えます。

しかし、努力は気合いだけで続くものではありません。

努力には、経験が必要です。

やってみたら少しできた経験。
間違えても直せた経験。
分からないと言っても責められなかった経験。
小さく始めても認められた経験。
昨日より少し進んだことに気づいてもらえた経験。

こうした経験が積み重なると、子どもは少しずつ努力に戻ってきます。

反対に、努力しても報われない、間違えると責められる、他人と比べられる、何をすればよいか分からないという状態が続くと、子どもは努力から離れていきます。

努力できない子は、単に怠けているとは限りません。

努力することが怖くなっている場合があります。

努力のやり方が見えていない場合があります。

努力しても変わらないと思い込んでいる場合があります。

だからこそ、必要なのは「もっと頑張れ」と強く言うことだけではありません。

小さく始めること。
失敗を責めないこと。
具体的な行動にすること。
昨日の自分との変化を見ること。
戻ってこられる道を残すこと。

努力は、生まれつき持っている根性だけで決まるものではありません。

家庭や学校の関わりの中で、少しずつ育つものです。

子どもが努力できないように見えるときこそ、まずは「なぜ努力できなくなっているのか」を見る。

そこから、学習意欲を育て直す関わりが始まります。

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