学力が高い生徒に共通しているのが、素直さや謙虚さといった特性があり、努力する心構えを持っていることです。
努力については、学力を高めるのに不可欠なものであると誰もが思っているでしょう。その一方で、素直さや謙虚さの大切さについては気づいてない人も多いと思います。
努力することをいとわない心構えを持っている生徒は、長い時間、集中力を持続させて勉強に取り組みます。
けれども、素直さや謙虚さが備わっていなければ、この努力は、しばしば成果をもたらさないものになってしまいます。
なぜ、謙虚さや素直さが備わっていない努力が成果をもたらさないのかを説明する前に、謙虚さや素直さが、学力の高さとどう関係しているのかについて話しましょう。
勉強ならば教師、スポーツならばコーチや監督が、さまざまなことを指導してくれます。「ここはこのようにやると、今よりももっとうまくいく」とか、「そのやり方ではうまくいかないからこのやり方に変えましょう」とかです。
ところで、今は、勉強についての話なので、勉強における素直さと謙虚さに話を絞ります。
素直な人は教師の指導に素直に耳を傾け、まずは、その通りにやってみます。たとえば、教師が、「ノートは丁寧な字で書こう。丁寧に書くことで問題を解くスピードが遅くはなるけれども、学んでいる内容が記憶に残りやすくもなるよ」とアドバイスをしたとします。素直な人はアドバイスの通りにします。素直さがない人は、(ノートの書き方まで細々とケチをつけられたくないな。どう書こうが覚えやすさなんて変わらないだろう)と思い、アドバイスを無視します。
ここで、さらに望ましいのは、アドバイスに素直に耳を傾け、それを実践するけれども、自分なりの考えによって改良を加えることです。ノートへの丁寧な字の書き方については、自分が十分に暗記している分野での問題演習は走り書きにし、暗記が不十分な分野では丁寧に書いていくというように、メリハリをつけます。
また、素直に耳を傾けつつも、そのアドバイスは自分には効果がないことがはっきりわかっている場合は取り入れル必要はありません。素直な気持ちで耳を傾け、それが自分にとって効果があるかどうかを吟味する、その姿勢が重要です。
ただし、アドバイスが自分に効果があるかどうかを吟味するとき、本当ならば効果のあるアドバイスなのに、自分には要らないと誤って判断してしまう恐れもあります。この判断の誤りを防いでくれるのが謙虚さです。謙虚さを持ち合わせていれば、自分の欠点や、これから鍛えるべき部分がしっかりと見えます。これらがしっかりと見えれば、自分へのアドバイスが効果があるか、聞き流して良いものかの判断を誤ることはなかなかありません。判断に誤ったとしても、謙虚さがあれば、それらのアドバイスは、心のどこかに残っているものです。ですから、判断を誤ったと気づいたとき、その残っているアドバイスを今一度、呼び起こして取り入れるのです。
すなわち、指導者からのアドバイスは、素直さと謙虚さによって、自身の中に適正に受け入れられることになります。適正に受け入れられたアドバイスは、本人の学ぶ姿勢を良くしてくれます。そのため、努力の方向性が誤らず、努力によってより高い成果が得られることになります。
素直さと謙虚さがなければ、努力は独りよがりになり、努力することの熱意が空回りになることも生じます。