数学の得意不得意を決めるのは親からの遺伝なのか?それとも環境か?
数学が得意か不得意かは、親からの遺伝で決まっていると考える人もいれば、遺伝ではなく環境が決めるという人もいます。そして最も多い考えは、遺伝と環境の両方が数学の得意不得意を決めるというものです。
ここで、遺伝というのは、親から子へ受け渡される細胞内の核にしまいこまれた遺伝子の配列のことです。また、環境というのは、幼い頃から、数的な知育を親から授かったかどうかや、小学生のときに算数に熱心に取り組んでいたかなどです。
数学の得意不得意に対して遺伝と環境のどちらが大きな比重を持つのか?
遺伝と環境の両方が数学の得意不得意を決めると考えるとき、遺伝と環境のどちらがより大きな比重で数学の得意不得意と関わるかが問題となってきます。
これについては統一的な見解はありません。慶應義塾大学の教授である安藤寿康氏は、数学の場合は、87%が遺伝であり13%が環境であるとしています。これを、ざっくりとしたたとえで表します。数学の試験で100点をとるためには、数学が得意な遺伝子を持たない人は、得意な遺伝子を持った人よりも4倍以上の量を努力しなければならないということです。そして、数学は、時間をかけた分だけ理解が進むというのではなく、非常に辛抱強く考え続けてようやく分かるというところもあります。ですから、得意な遺伝子を持たない人の努力量は、得意な人の努力量の10倍程度を必要とするかもしれません。
他には、数学の才能を決定づける遺伝子配列なども、近年発見されています。それはドイツのとある研究グループが発見した「ROBO1」という遺伝子です。この遺伝子が数学の能力に及ぼす影響は2割程度とのことです。
「ROBO1」の働きは次の通りです。「ROBO1」の種類によって大脳の右頭頂葉の灰白質の体積が決定されます。そして、この灰白質の体積が多いほど数学の能力が高くなるのです。「ROBO1」は直接、数学の能力を決定するのではなくて灰白質の体積を決定するのです。ここで思い出すのは相対性理論を打ち立てたアインシュタインです。彼は脳のこの部分が常人の1.3倍ほどあったと言われています。やはり灰白質の体積の多さは、数学の学問世界では有利なのでしょう。
安東教授の意見では87%となっていて、「ROBO1」では2割となっているのは、差がありすぎると思うでしょう。けれども「ROBO1」は灰白質の体積に影響を及ぼすのみです。数学の能力は灰白質の体積以外にも、セロトニン、レアルアドレナリン、ドーパミンといった神経伝達物質の適正な分泌量や働きの影響も受けます。これらの神経伝達物質の優劣もある程度は遺伝子に決定づけられていると考えられます。分かっているのは「ROBO1」という遺伝子が数学の能力の2割を決めていることです。数学の能力を決める残りの8割が全て環境なのか、他の遺伝子要因なのかは定かではありません。
数学の能力に対して遺伝子は強い影響を与えるのか?
では、数学の能力に対して、遺伝子は強い影響を与えるのでしょうか?
両親が数学を不得意としていたならば子どもも数学が不得意になるのだとか、両親が数学を得意としていたらば子どもも数学が得意になるのだということになるのでしょうか?
親が数学を不得意としていても子どもが数学を得意とする可能性
ここで両親が数学を不得意でいたとしても、子どもが数学を不得意としない可能性を検討してみたいと思います。
子の遺伝子の変異の可能性
1つめは、遺伝子は、親から子に伝わる遺伝子配列と、子どもがまだ受精卵の状態のときの、遺伝子の偶発的な変異によって変更された遺伝子配列との2つがあることから考えられる可能性です。両親から子どもに遺伝子が渡されるために、子どもはどちらかの親の形質(外見や性質の特徴)を受け継ぎます。ところが、ヒトの場合、受精卵の状態で30個から100個ほどの遺伝子配列で変異を起こします。つまり両親のどちらにも似ない形質を獲得するのです。獲得された形質が数学の能力を高めるのに寄与する遺伝子であった場合、両親のどちらも数学が不得意であったとしても、数学の得意な遺伝子を持つことになります。生まれつき数学の才能はあるが、それは親から受け継いだ才能ではなく遺伝子配列の変異で偶然に得た才能ということになります。
また、数学の能力に寄与する遺伝子は複数あると考えられています。たった1つの遺伝子配列が数学の能力を決めるのではなく、たくさんの種類の遺伝子配列が影響を及ぼして数学の能力が決まるのです。たとえば、10組ほどの遺伝子配列が数学の能力に影響を及ぼすとして、そのうち7組は持っているが3組足りないために数学が不得意だということもあります。足りない3組のうち、1組を変異で手に入れれば数学が得意な部類の人間になるというわけです。
エピジェネティクスの可能性
2つめはエピジェネティクスという考え方です。エピジェネティクスというのは、形質(外見や性質の特徴)は遺伝子のあるなしによって決まるのではなく、遺伝子のスイッチが入っているか切れているかの違いによって決まるというものです。
たとえば、水辺に生えるとある植物は、全く同じ種類の植物なのですが、茎の下部が水に浸かる場所に生える姿と、少し離れたやや乾いた場所に生える姿とでは、花の色、葉の形、背丈など全く異なっています。遺伝子は同一なのに外見が異なるのです。これは、水際と乾いた場所という環境の違いによって、この植物が持つある遺伝子がオンになったりオフになったりするからです。遺伝子というのは、環境によってオンにもオフにもなるのです。この植物は、全く同じ遺伝子を持ってはいたけれども、生えている場所に合わせて遺伝子のオンオフを変えていたために、花の色や葉の形が変わっていたのです。
これは人間にも当てはまります。数学の高い能力に寄与する遺伝子を持ってはいるものの、その遺伝子がオフになっている、つまり休眠しているために数学が不得意になっているという考え方です。この遺伝子がオンになり活動するようになれば、数学は得意になっていくという考え方です。
休眠している遺伝子を起こすやり方は、大いに努力する、数学的な考え方を見につけさせていくなどいろいろあると思います。1つの休眠している遺伝子を起こすために、他の休眠している遺伝子をまずは起こすことも必要になるかもしれません。
また、幼少の時から数学の得意な遺伝子がオンの状態の子どももいるでしょう。これは乳幼児というのは何にでも興味を示す特性があるために引き起こされる偶然といえます。乳幼児がたまたま数的なものに興味を示し、親が乳幼児を喜ばせるために数字の書いてある玩具などを与えれば、数学の能力に寄与する遺伝子はオンになるでしょう。
数検一級を取得した小学4年生
このことをうかがわせる話として、数検一級を取得した取得した小学4年生のニュースがあります。数検一級は大学の教養レベル・プラスアルファ程度のレベルです。この子の両親はどちらも文系です。この子は小学3年生のときに数検三級を受検しました。数検三級は中3レベルです。ここまでは両親は教えることができたのですが、数検二級は両親には難しすぎて、この子は二級以降はネットで学んだそうです。両親が数学が得意なわけではないが、子どもが得意であるということになります。どうやって学んだかというと全てインターネットです。youtubeの動画やオンライン学習塾だそうです。
この子は、1歳のとき、テレビで流れていた「すうじのうた」に合わせ、「1」や「2」など数字の書かれたおもちゃを掲げてにっこりしていたということです。幼稚園の年少のころには九九を覚え、その後すぐにかけ算100×100まで暗記したようです。
私の現段階の結論を述べます。
遺伝子と環境の2つが数学の能力を決定します。遺伝子というのは、親から受け継がれた遺伝子だけではなく、受精卵が胚になっていく過程で起きた変異遺伝子もあります。ですから、親が数学を苦手としているからといって、自分も親のように数学が苦手であるということにはなりません。
また、数学の能力を高くする遺伝子は多くの人が持っている可能性があります。にも関わらず数学が苦手な人が多いのは、数学の能力と関係する遺伝子のスイッチがオフになり、遺伝子が休眠しているからです。
遺伝子のスイッチが早期からオンになっている人が数学を得意としています。
数学の能力と関係する遺伝子をオンにする方法は、努力一辺倒ではありません。十分に科学的な方法をもって勉強していくことです。そして、最も重要なことは、自分は必ず数学が得意になるという、自己の能力と行動力への信頼だと思います。