わが子が学校の定期試験などで良い成績を修めたとき、親は、その子のもともとの能力の高さや試験結果の良さを誉めるのではなく、試験に向けて打ち込んできた努力を誉めることが良いとされています。
これには根拠があります。それはアメリカの心理学者であるドゥエックという人が行った心理実験です。
小学校高学年の児童数百人を2つのグループに分け、簡単なテストを受けさせました。2つのグループのうち1つは、子どものテストの結果がどのようであろうと、正答率が高かったと言い、子どもの賢さや才能を強調して誉めました。もう1つのグループは、やはりテストの結果がどのようであれ、正答率が高かったと言い、そして努力や行動を大いに誉めました。
その後、もう一度実験者であるドゥエックは2つのグループに、もう1度テストを受けてもらうことを告げました。テストは1回目のテストと同程度の難しさのものと、1回目よりも難しいものの2種類を用意し、子どもらに自由に選ばせることにしました。すると、1回目のテストで才能や賢さを誉められたグループの子どもらのほとんど全員が、同程度の難しさのものを選びました。一方、努力や行動を大いに誉められたグループの子どもらは1回目より難しいテストを選択しました。
ドゥエックの心理実験はさらに続きます。ドゥエックは3回目のテストを子どもらに課しました。テストの内容は、2つのグループの子どもらの誰もが解くことのできない難しいものでした。3回目のテストを終えて、子どもたちの反応は、2つのグループではっきりと分かれました。
才能や賢さを誉められたグループの子どもたちは、テストの問題が解けなかったことによって自分の能力に自信をなくしてしまいました。その後、易しい問題に挑戦させても、自身のなさのせいで解けることはなくなりました。一方、努力を誉められたグループの子どもらは、難しい問題は解けなかったものの、それを説こうと努力したことに楽しさを見出し、いつか解けるように頑張ろうという前向きな気持ちを持っていました。自分の能力が低いなどといった自身の喪失はありませんでした。
ドゥエックの実験は、子どもの努力を誉めることが、子どもの学習意欲を持続させ、より難しい学習内容の理解と定着に向けてチャレンジする気持ちを育むことを示唆しています。
けれども、ドゥエックのこの実験と学校の試験とでは、大きく異なるものがあります。それは、ドゥエックの実験では、良い成績だったと言って、努力と良い成績をセットにしていることです。学校の試験で努力したにもかかわらず、良い成績をとることができなかった場合は、この実験のように明快に努力の尊さを子どもに理解させることができません。
そこで重要となるのが、子どもとの密な対話です。学校での学習にばかり親の関心が集中し、勉強においての努力のみ誉めていても、成績が悪いときは、努力を誉める効果も半減します。学習以外の部分で、子どもが何かしら打ち込んでいるものに目を向け、その方面での努力を折に触れて誉め、失敗しても努力して挑戦する気持ちを普段から養っておくことです。そうすれば、努力したにもかかわらず試験の成績が悪かったときも、自分には能力がないと思わず、努力し続ける意欲は保たれます。