小学生のときはクラスでも上位の学力だったのに、中学生になったら中位よりやや上の程度の学力になった、これとは逆に、小学生のときはクラスで平均程度だったのに、中学生になったら上位まで学力が伸びた、といったケースが往々あります。
子どもごとにこうした学力の伸びの差が生じるを原因はいろいろあります。その1つにあるのが、子ども自身が学習に取り組む姿勢です。
小学生のときは、学習内容への理解力が高く、さしたる努力をしないでもすぐに吸収できた子どもが、中学生になって学習内容が高度になったとき、そうした学習内容の高度化への対応をうまくとれないときに、学力が下がると考えられます。理解力が高かったために、学習内容がよくわからないときに粘り強く考える、さまざまな視点からその内容をとらえようとするといった姿勢を身につけないできたためです。
一方、小学生のときには学習内容への理解力がさほど高くなくとも、粘り強く考える、学習内容を何とか理解しようとしてさまざまなたとえを思い浮かべてみる、いろいろな視点から学習内容を吟味してみるといったことをしてきた子どもは、中学生以降もそれを継続していきます。
ここで、人間の思考というのは無駄になることが非常に少ないというのも重要です。時間をかけてあれこれ考えたが、間違った考えをしていたために、理解するまで回り道をしてしまったということは誰でも経験のあることでしょう。ですが、この回り道は決して無駄ではありません。理解というのは、人間の脳のあちこちに断片となって散らばっている知識や情報が呼び起こされ、それらの知識や情報の正しいネットワークが構築されるための回り道です。正しいネットワークを作るための回り道では、知識や情報の呼び戻しと整理、それらの部分的な関連付けが多く行われます。脳のざまざまな箇所を幅広く使います。つまり脳全体が活性化された状態になっています。簡単にいえば、回り道は脳を耕しているのです。
学習の理解力がさほど高くない子どもでも、回り道をしつつ、脳内に散らばったさまざまな知識や情報の断片を少しずつネットワーク化していけば、徐々に賢くなっていきますし、複雑でありながら混線はしていない、精緻で堅牢なネットワークが作られて行きます。そして学習に対する姿勢も備わっていますから、小学生のときには自分よりも上位の学力だった子どもを追い抜くことは往々あることなのです。
すなわち、学習内容を理解する努力において、思えることについてトライアルアンドエラー(試行錯誤)を多く繰り返すことで学力が伸びるのです。
それでは、小学生のときには学習内容の理解力が高い子どもの場合、どうすればよいのでしょう。「粘り強く考える=思考のトライアルアンドエラーの繰り返し」を行うにも、理解力が高くて、エラーせずにすぐに正解を導いてしまう子どもはどうすればいいのでしょう?
それは、その子どもの学力よりも少し難しい学習内容のものを与えることで解決できます。東京や大都市圏の子どもならば中学入試に挑戦させるのも手段の1つです。私立中学の入試を考えていない場合は、普段の家庭学習で、理科や社会では詳しい調べ学習を行わせる、算数は発展的な応用問題を20分も時間をかけてじっくり取り組ませる、国語ならば岩波ジュニア新書などの文章も内容もやや難しいものを読ませることが一案として考えられます。
この場合、重要なのは、子ども自身が、自分の実力よりもやや上のものを理解することを目標として掲げ、その目標を達成しようという意欲を持つようにすることです。単に学力を伸ばすというだけでなく、「難度の高いものに挑戦し、トライアルアンドエラーを繰り返しながら、難度の高いものを理解するという目標を達成する」一連の意識を持つことが重要です。