塾長プロフィール
城東進学会の照沼治です。
私は、東海村で生まれ育ちました。通ったのは、村松幼稚園(旧なかよし幼稚園)、白方小学校、東海中学校です。地方は人口減少による学校の統廃合が多い中、私の通った学校は現存し、それどころか建物も立派になっているのは嬉しい限りです。
村の風景も、私の子どもの頃は、雑木林と田畑が混在し、家々は道筋にぽつぽつ並ぶ程度でした。麦畑やたばこ畑、サツマ畑、スイカ畑が広がり、水田は低地に作られていました。アニメ映画『となりのトトロ』を思わせるような風景が残っていました。今では、住宅が立ち並ぶ風景が広がり、隔世の感があります。昔の東海村や、そこで暮らしていた人たちの生活にご興味がありましたら、どうぞお尋ねください。
私の親は、一階のエリアの半分を貸店舗として、二階建ての住宅を建てました。しかし、借り手が途絶えがちだったこともあり、私は40歳のときにその店舗スペースを教室にして、学習塾を始めました。これが城東進学会の始まりです。塾を始めた数年間は、集団指導型の形態で授業を行っていました。多人数を相手にする授業では、理解の速い生徒、自力で演習に取り組める生徒は放置して、自力で学習を進めるのに難儀している生徒を一生懸命に教えることが多くありました。「俺は、勉強につまずいている生徒の、そのつまずきの原因となっているものを、生徒の基礎学力、学習意欲、生活環境などからいろいろと考えることがしたい、そして考えたことをもとにして生徒の学力を伸ばしたい」という思いがあることに気づき、個別指導型の形態へと切り替えていきました。
建物のロケーションは、東海村の旧合同庁舎や旧消防署の、道路を挟んだ向かいにあります。車の往来も多い通りですので、地域で暮らす人たちの目に留まりやすいはずです。けれども、私の塾に入塾した保護者らは、「こんなところに塾があったんですね」とおっしゃることが時々あります。東海村は、域内の生徒数に比して競合する学習塾が多く、実績も良いものを出しているようです。そんな中、私の塾は通塾する生徒の数が少ないこともあるのでしょう、大人たちや子どもたちのそれぞれの場面で塾の話題が出たときに、私の塾が名を連ねることはあまりないのだろうなと思います。また、子どもたちの、ある心理・心情的な理由から、塾の認知度が広がっていかないこともあるのかもしれないと、考えたりもしています。その理由をはっきりとつかみ取れる出来事もありました。この出来事は、「事実は小説より奇なり」を地でいくような面白いものでした。blogの方に掲載しておりますので、興味のある方はブログ記事「誰も知らない塾を選ぶ生徒たち」をお読みください。
それでも、地域の皆さまの認知度が低く、塾の広告宣伝も行わない中、20年以上にわたって、塾を運営し続けることができたのは、これまで通ってくださった生徒たちや保護者のみなさまの温かな口コミ、上の子が高校受験を終えたあと、下の子もよろしくお願いしますとおっしゃってくださって、弟さんや妹さんにご通いいただいたことなどが大きいです。大変、感謝しております。
プロフィール
氏名: 照沼治
出身: 茨城県東海村
学歴: 県立日立第一高等学校・明治大学・慶應義塾大学通信教育課程
指導歴: 東京都内進学塾・神奈川県内学習塾・茨城県内学習塾を経て、40歳からは自塾で20年以上学習指導
趣味: 柔道・空手ともに有段。現在も健康維持を兼ねて、ぽつぽつと空手の型稽古を続けています
